Official Account

2016年7月

当社設立

2018年4月

本店所在地を「東京都台東区浅草橋」から
現在地に移転

2018年7月

防災体験型宿泊施設「KIBOTCHA」開業

2019年10月

地域の課題解決に取り組む先進的な土地活用事例
として「土地活用モデル大賞」(国土交通大臣賞)を
東松島市と合同で受賞

2020年4月

東松島市よりJR野蒜駅の指定管理を受託し、
「奥松島イートプラザ」オープン

2021年6月

国土交通省「土地白書」に
当社運宮施設「KIBOTCHA」が掲載される

社長あいさつ

貴凛庁株式会社代表取締役
三井 紀代子
みい きよこ

私たちは2011年3月11日の東日本大震災で津波被害に遭い2016年3月に142年の歴史に幕を閉じた旧野蒜小学校を改修して、2018年に「子供未来創造校 KIBOTCHA」を創り上げました。
野蒜小学校の利活用事業にあたり私たちが考えた事…「再生」とは、単に旧いものを残すことではなく、それを新しいものに塗り替えるものでもありません。これからの日本は、子どもたちがいなくては、始まりません。この子どもたちに何を、どのように伝えるか、それが私たちの大きなテーマと考えたのです。
新旧のバランスをとりながら、未来の担い手であり、日本を支える子どもたちに「命の大切さを伝えたい」それも被災したこの地から防災教育を発信するという…そのような思いから今回の KIBOTCHA プロジェクトが生まれました。
KIBOTCHA、聞き慣れない言葉かも知れません。KIBOTCHA という名前は「希望」「防災」「未来 (Future)」を組み合わせた造語で「これからの時代を支える子どもたちの未来に命の大切さを伝えたい」という気持ちから名付けました。

more >>

航空自衛隊を辞めた後、女性起業家として子育てをしながら仕事をしていた私は関東地方で東日本大震災を体験しました。「大変な事態が起きた!」「何か私に出来る事は無いのか?」と考え、想いを同じくする自衛隊OBと共に被災地におけるボランティア活動を始めました。しかし、その被害はかつて経験した事の無いほど甚大なものであり、お手伝いをさせて頂いている期間も長期化してきました。無償の活動を長きにわたり継続する事は困難な状況となったため、自衛隊生活で培った経験を活かせる人材を派遣する業務を中心とした会社を立ち上げて、活動を続けることにしました。

活動が一区切りついた頃に、次の方向性を検討していた私たちに「宮城県東松島市で被災した小学校の利活用事業の公募をする」というお知らせが飛び込んできました。「被災しながらも多くの命を救った野蒜小学校から防災を軸とした教育を発信する事が出来て、一人でも多くの命を救えるお手伝いが出来れば、どんなに素敵な事なんだろう」と考えた私たちは早速 KIBOTCHA プロジェクトを立ち上げて東松島市の行うプレゼンに参加する事になりました。
KIBOTCHAプロジェクトを進めるにあたり重視した事は次の3つです。

  1. ① 被災して廃校となった小学校を単なる震災遺構として残すのではなく、必要な部分を改修し、被災したものの多くの人の命を救った現場から防災教育を発信する。
  2. ② 楽しく遊びながら学んで頂くためにエデュテイメント施設「遊び(エンターテイメント)」 と「教育(エデュケーション)」の造語)の構築を目標とする。
  3. ③ 東松島市の復興に役立つよう、地元と共に活動を続けていく。
これらを踏まえて選考に臨んだところ私たちの案を選んで頂き、KIBOTCHAプロジェクトが動き始めました。
私たちは KIBOTCHA を創り運営していくために防災・危機管理教育を主要事業とした「貴凛庁株式会社」を立ち上げました。「貴凛庁」とは「本来は国が行う事であっても中々手が回らない事を国に代わって行い、志高く精神美を宿らせる凛とした桜のようにありたい」という想いから名付けたものです。

貴凛庁株式会社 (http://kirintyou.co.jp/)

KIBOTCHAプロジェクトを進めるにあたっては次の2つが基本的な考えとなっています。

  1. ① 防仁学(https://bohjingaku.com/)
    東日本大震災当時、子育てをしていた私は危機に直面した時、
    ・パニックに陥らないだろうか?
    ・しっかりと判断できるのだろうか?
    ・どの様に行動できるのだろうか?
    子供を持つ一人の親として、自分自身がそして子供達が適切な判断が出来るのか、心配な事ばかりでした。
    危機には地震や津波、火山の噴火などの天災ばかりではありません。日常生活における事件や事故、国家間における紛争、そして隣国からの弾道ミサイル攻撃。これらに直面した時、私たち、そして子供はどの様に行動すればよいのでしょう。
    日本における教育は世界でトップクラスの素晴らしいものであります。しかし、「危機管理」に関する教育については欠落しているように感じております。
    私は、小さな子供から大人まで一貫した危機管理教育に関する学問の必要性を感じて、誰もやらなければ自分でやろうと考えました。そこで私は、この学問を「防仁学」と名付け、毎日の情報発信から手掛けることにして、約3年前から毎日、防衛、防災、防犯に関係する記事を私と同様に子育て世代の主婦層をペルソナとした記事の掲載を続けてきました。
    将来的には一つの学問として確立する事が出来ればという思いで続けてきました。
  1. ② 津波てんでんこ
    「津波てんでんこ」…この事業に携わり宮城に来て初めて耳にした言葉でした。津波が来る時は家に残っていたり、外出している家族が心配であっても一刻も早く、それぞれ(てんでんこ)に逃げなさい…という教えであります。
    最初は「冷たい考えをするんだな」と感じていましたが、過去に幾度となく津波被害に遭った地方だからこそ伝わっている事であり、普段から家族で「地震が来て、傍に家族がいなくても、自分が出来るだけ早く逃げる事を考えなさい。家族みんながそうするから」と話し合っている上に成り立つものです。実際、東日本大震災の時は避難を する途中で引き返した人達が犠牲になっている事も事実でありました。

甚大な被害をもたらす自然ですが、その一方で美しい景色と豊かな恵みを我々に与えてくれます。この自然と付き合っていく為にはどの様にしたら良いのでしょう。
「物は壊れます」
「人はいつか亡くなります」
「想定を超える事態は起こります」
何か起こった時は
「自ら考え」
「自ら判断し」
「自ら行動する」事が必要です。
KIBOTCHA における教育は、「楽しい事は覚えている。」

後、地域の自然・文化を体験するプログラムをご提供しながら、自分をアップデートする第二のふるさととなるような場づくりを目指します。

           

KIBOTCHAは様々な地域活動・イベントなどを通じ、東松島市の魅力向上のための取り組みを進めています。東松島市が住みやすく活気あふれる街になることが私たちのゴールです。

被災施設として

3.11東日本大震災で被災した施設として、震災の記憶の伝承と防災の教訓を伝える活動を行っていきます。被災備品の展示・映像資料の展示・防災教育キャンプの実施・被災者による「語り部」イベントなど。

旧・野蒜小学校をリユース

KIBOTCHAは旧・野蒜小学校の建物を手直しし、食堂・宿泊所としてリユースした施設です。津波で大きなダメージを受けた校舎でしたが、一部の黒板や時計などをそのままに宿泊もできる新施設として生まれ変わっています。

リサイクル

レストランでは割箸や紙コップなど使い捨ての食器使用をしません。KIBOTCHAから出たゴミは分別し、リサイクルできるゴミは業者に来ていただき回収してもらっています。

地域のお土産品販売・イベント

地域の牡蠣漁師さんなど多数の地元業者と連携し、食材やお土産品の販売をいたしております。また「牡蠣のおふるまい」イベントなど、地域密着型のイベントを多数開催しております。

自然資源のアート利用

廃棄されていた牡蠣の養殖棚の竹を「竹灯りアート」として利活用し、新たな観光資源としています。他にも竹で遊具を作ったり、砂を「サンドアート」として展示利用するなど、東松島の豊かな自然資源を用いたアート作品の展示や他用途での有効活用を積極的に実施しています。

定年退職者などの積極雇用

社会経験豊富な方が活躍できる職場環境を目指しています。自衛隊を定年退職された方などにKIBOTCHAでお勤めいただいております。豊富な経験と知識で若いスタッフをリードしてくれています。