東日本大震災について

東日本大震災当時の
野蒜小学校の状況

館長 大泉 裕人

震災当時私は、航空自衛隊 松島基地の広報担当者として勤務しており、震災から3日後に野蒜小学校を訪れました。

震災直後基地では周辺で人命救助活動などの災害派遣を始めながらも地域全体の被害状況を十分に把握することが出来ていませんでした。そのため私は、小野、野蒜、宮戸地区の被災状況の偵察を命じられこの地に向かいました。

道路が至る所で分断され海岸線から内陸部に進み、土台しか残っていない住宅跡などを見ると、圧倒的な津波の威力を肌で感じました。

野蒜駅を経て野蒜小学校に着くと、野蒜小学校の校庭は泥沼で埋め尽くされ、家々の瓦礫が山を築き、所々に車が重なっておりました。ここでも多くの被害が発生したのは一目瞭然でした。薄暗く、泥と潮の匂いが充満した玄関から二階に上がると、白い息を吐きながら避難所で活動する住民の方々の姿がありました…。 本来、真っ先に救助に来るべき自衛官である私がその時に出来たことは、この野蒜小学校における被害の状況を静かに聞くことだけでした。

「あの日」を迎える準備が整っていなかった我々には、一体何が足りなかったのか?どのようにするべきだったのか?その自問自答が今もまた繰り返されています。しかし私は幸運にもキボッチャ事業に出会う事が出来ました。自衛官として果たせなかった想いを遂げる機会に恵まれました。


東日本大震災の教訓から
私たちが伝えたいもの

震災から7年、震災を直に経験した我々の記憶が薄れつつあるだけでなく、当時の記憶が無い子どもたちが小学校で元気に学んでいます。
未来の被災者が生じないよう、今の我々にできることはないだろうか?正しく震災の教訓を継承するにはどのようにすればよいのか? 

私は、戦闘機操縦者として勤務し、常に危険と隣り合わせの環境であったため、
「現在の環境・状況を把握する」→「危険を予測する」→「最善の方策を考える」→「実行して結果を評価する」
というサイクルで物事を考えることが、身についています。
これは、そのまま災害発生時に≪自分の身は自分で守る≫ことに繋がっていると確信しています。

しかし、このサイクルを身に付けることは、残念ながら机に座って教科書を読むことや誰かの話を聞いて理解できるものではありません。実際に自分で感じ、考え、体を動かし、試行錯誤等の経験を経て体得するしていくものです。

それを疑似的に体験できるのが、キボッチャの防災教育キャンプのプログラムです。スポーツでも似たような経験ができると思いますが、得て不得手、好き嫌いがあり長続きしない事があります。

しかし、生活するためには誰でも「衣食住」や「仲間との交流」という活動が必要であり、防災教育キャンプでは、災害に関する疑似体験、農業体験や漁業体験などの「人が生活する基本的な活動」をしていただきます。

キボッチャでは失敗しても構いません。

安全が確保された環境下でこの様な体験を繰り返すことによって、「自分で考え、自分で判断し、自分で行動できる」能力を養っていただきたいです。人間本来の能力を発揮して、「自分の身は自分で守る」という自助に留まらず、共助まで高める機会として防災教育キャンプを活用していただきたいと考えております。

そして、キボッチャでの体験が災害発生時の準備となり、1人でも多くの「いのち」を守ることに繋がると切に願っております。